古谷やすひこの政治を変えるチカラ 

[日本共産党の横浜市会議員]

日本共産党の横浜市会議員(鶴見区選出)の古谷やすひこです。私の活動をご紹介させて頂きます。鶴見区をよりよい街にするために様々なアイデアもどんどん募集しています。ご意見やご相談は y-furu3941@triton.ocn.ne.jp まで。ツイッターは@furuyayasuhikoです。

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【福島視察報告 3】「元の自然を100%取り戻すのはムリ。しかしここで子育てをしているものとして、子どもを守る立場でやるしかない。その現状を知ってほしい。」 ~保育園や学童・病院を視察

福島視察報告③
 視察二日目(7・15)。今日は、さくら保育園・わたり病院・きりん学童。この地で住んでいる人たちのために保育や医療を提供している。
 さくら保育園(90人定員)の齋藤園長先生。
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「震災以降、何もかも手探りの状態で一歩ずつ進んできた。」
「子育てはただでさえ大変。その上、移住するとなれば、またとんでもなく大変。この地で残るも行くも、どちらも大変なリスクで、私はどちらも応援したい。」 
「今の状況を誰も安全だとか大丈夫だとかは言えない。例えば、どこにホットスポットがあるのかわからないような状況。震災前に回復したものがあるとは思えない。」
「できることを一つずつ保護者と話し合いながらやっていくしかなかった。」
「どうすれば、線量が低くなるのか、はじめから専門家の先生方からの支援があった。どう除染すれば、園庭の線量が低くなるのか?非砕型の放射能測定器を置いて、あらゆるものを測った。食品はもちろん、子どもたちが触るザリガニやドングリなどなど。そういう一つ一つのことを保護者と話し合いながら進めてきた。ある時は少し立ち止まって外遊びを制限するとかクラスでの合意も大事にしてきた。」
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「いまでは、ようやく散歩コースをすべて測定してまわって、安心できるコースをまわれるようになった。プール遊びもやれるようになった。」
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「震災前は、四方を山で囲まれていた生活で始終山に遊びに行っていたが、それは今はできない。外遊びができなかった半年で四歳児は三輪車がこげなくなったり、鉄棒ができなくなったり、二歳児は走り方が一歳児のようにお尻を振りながらのような走り方になってしまった。」
「いまだに、外遊びを30分とか時間制限をしている園もある。また小学校などでは、スクールゾーンでも測定はしていない。」
「私たちは、その地で働くお父さんやお母さんが安心して働ける環境をつくっていく保育を目指しています。放射能のことは専門家チームに、私たちはこの状況での保育実践を積み重ねていくしかない。だって、この地で住み働いて子育てをしている人がいる限り、それを支えるのが私たちの仕事ですから。」
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 次は、地域医療の一線で住民とともにがんばってきた「わたり病院」。
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 事務次長の鈴木さんと懇談。
「『美味しんぼ』問題があったが、『福島には住めない』とか『福島のものは食べられない』とか『福島の子どもはかわいそう』というのは、福島県民の思いとは違う。」
「私たちにはここで住む人がいる限り、ここでの医療活動をやめるという選択肢はなかった。結果として、健康被害を無くしていくことが大事。今困っているのは、人材不足の問題が深刻。」
「震災後の変化については、まだ統計的なものはない。だからと言って、安心安全と言っているわけでもなく、危険と言っているわけでもない。断定的な決めつけ方はできない状況。」
 ホールボディーカウンターもほとんどがND。
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「この病院では無保険の除染労働者がくることもある。」
「今の問題を、福島の問題としてとらえて閉じ込めてしまうのは間違っている。」
「私たちがたたかうべき相手は誰なのか、見失わないようにしなければならない。これからの問題としては、補償の問題、線引きの問題で、住民同士が分断されないようにオール福島の立場でがんばりたい。」
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続いて、きりん学童。
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 指導員の佐藤さんからお話を伺いました。
「震災後に、何か振ってきたらしいという情報はあった。ここに子どもがいて大丈夫なのか?学童ごと疎開してはどうか、などいろんな意見があった。しかし、私たちは、この地域の父母とともに、ここで子育てをして子どもたちを守ろうとしている。」
「当時55の学童のうち、市から渡されたのは、3つの線量計だけでした。」
「その年齢年齢でやるべきこと経験するべきことが2年3年すっぱり切り取られてしまった。」
「子どもたちに無駄な被曝をさせたこと、生活制限・行動制限をさせたことに対して、本当に憤っている。」
「かといって、ガンだからダメとか、ガンでないからいいとか話が極端すぎる」
「震災後の初めてのお散歩では、道を歩く経験がなくてまともに歩くことが難しい。子どもの成長にとてつもなく大きな被害を与えてしまっている。走ることが下手だったり、物を投げる物をつかむ等の基本的な運動がうまくできない子が多い。真面目な子どもほど、『草をつむ』『虫をつかむ』『土をさわる』ことに親に許可を求めるようになった。」
「線量が高い低いというよりも、どこから安全でどこから危険かは可能性の問題であって、少しでも原発由来の放射線はなくしてほしい。道路も側溝も線量を測っておらず、除染もされていない上に、小学校に歩いて行ったことがないことも心配。」
「ここの学童も何をやるのか保護者とも相談をしてやれることやれないことを決めている。」
「元の自然を100%取り戻すのはムリ。しかしここで子育てをしているものとして、子どもを守る立場でやるしかない。その現状を知ってほしい。」
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二日目は終わり。(続く)

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