古谷やすひこの政治を変えるチカラ 

[日本共産党の横浜市会議員]

日本共産党の横浜市会議員(鶴見区選出)の古谷やすひこです。私の活動をご紹介させて頂きます。鶴見区をよりよい街にするために様々なアイデアもどんどん募集しています。ご意見やご相談は y-furu3941@triton.ocn.ne.jp まで。ツイッターは@furuyayasuhikoです。

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【写真多数あり。ぜひ見てください】家から一歩出れば米軍基地!!そんなところは世界中でもここだけです!そんな場所が横浜市内にあるんです。

 1月23日 木曜日。晴れ。
 今日は、在日米軍「根岸住宅地区」に囲まれて住まわれている佐治さん宅へ、「佐治さんから招待を受ける」という形でうかがいました。
 いわゆる米軍基地にぐるりと囲まれて日本人が生活をしている場所は、日本一在日米軍基地が集まっている沖縄ですらありません。そういう世にも珍しいところが、横浜市役所のある関内から、車で7~8分のところにあります。
 これが馬にも触れ合える場所のある根岸森林公園。このすぐ隣接地域に、米軍基地があります。
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 佐治さん宅にうかがうには、二箇所ある米軍施設のゲートをくぐらなければ中に入ることが出来ません。中に入るには、事前に車検証と免許証のコピーを提出し申請しなければなりません。
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 ゲートをくぐると、そこはアメリカです。そこからは米軍基地内ですので、写真は撮れませんでした。住宅地域であるので、広々とした戸建の住宅が沢山ありましたが、何か異様な感じ。そうです、人がいる気配がほとんどありません。佐治さんによると、住宅地域内にある小学校はもう廃校になる予定。この根岸住宅内にある住宅の三分の二は空家になっているそうです。
 基地と基地外を分けているのはフェンス一つですので、フェンスのすぐそばまで民間の住宅が建っています。フェンス外からすぐそばの根岸住宅地域を見ると、広々とした住宅が広がっているという感じ。

 そういった米軍住宅がある中で、佐治さんのお宅があります。ここが門。
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 佐治さん宅との境には、こんな看板が立っています。
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 家の裏側にも、同じような看板が立っています。
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 こういう看板に囲まれて、在日米軍「根岸住宅地域」の中に、佐治さん宅があります。
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 この家は、昭和11年に建てられ、もともと佐治さんの妻のお父さんが持っていた別荘。終戦前に引っ越してきて、終戦後、周囲が米軍によって接収されたとのこと。佐治さんは言います、「こんなところは、世界の中でもここだけ。これからもないだろう」。
 
 ちなみに、佐治さん宅は、本来は磯子区ですが行政的に中区に所属しています。これが、磯子区と中区の境界線。
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 次に、ライフラインについて。
 水道については、長年の交渉の末、平成12年にようやく米軍基地経由で水道は引かれたそうです。水道料金の支払いは、横浜市水道局に支払いをしているそうです。
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 水道が引かれる前まで使っていた井戸。今も、トイレ用水や庭の水まきに使っているそうです。
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 電気も、同じように長年の交渉の末、米軍基地内の変電所経由で、電線が引かれています。電気料金の支払いは、東京電力に支払っているそうです。
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 ゴミの収集は、これもまた長年の交渉の末、横浜市で中区の近隣町内会と同様、今は基地内まで収集に来てもらえるようになったようです。
 しかし、やっぱり米軍基地内ですから、ひとたび戦争が始まると、事態は一変するそうです。例えば、湾岸戦争が始まってしまってからは、ゴミの収集がなくなり、開戦時、基地外に出ていた夫が中にある自宅に、しばらく戻れなかったといったこともあったようです。
 宅急便は、決まった業者だけですが、今は自宅まで届けてもらえるようになったようです。これも長年の交渉の結果で、その前までは、宅急便が来てもゲートまで取りに行かなければならなかったそうです。
 出前やピザの宅配なども、ゲートまで取りに行かなければならない、とのこと。
 車を所有するときに必要になる「車庫証明」も、自宅前にある米軍道路の路上で車庫証明をとっているとのこと。

 などなど、とにかく日常生活のありとあらゆることが、全てに障害があったものを粘り強く、防衛庁や米軍、神奈川県や横浜市などへ交渉を続けて、現在の生活を勝ち取っています。本当に頭が下がります。
IMG_2848.jpg  私から「なぜ、佐治さんはそこまでして頑張れるんですか?その原動力は、なんですか?」と尋ねると、佐治さんからは、「はじめは、妻の父親がここを残してくれということをずっと言っていたことを守ってやりたいと思った。今は、こういう負の遺産をこのまま何もせずに子どもたちに残すわけにも行かない。それと、今持っている土地なので、なんとか活かしたいと思ったからですよ。」とのこと。
 
 これからの課題は、たくさんありますが、根岸住宅地域もいずれ閉鎖され、日本側に返還されるようになったとき、ライフラインのほとんどを米軍に依存する形になっている佐治さん宅は、それらが閉鎖されると、すぐさま困るような事態になりかねません。米軍の動向などもしっかり注視しながら、できる準備は速やかに行っていくことを、私も市に対して求めていきたいと思います。
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