古谷やすひこの政治を変えるチカラ 

[日本共産党の横浜市会議員]

日本共産党の横浜市会議員(鶴見区選出)の古谷やすひこです。私の活動をご紹介させて頂きます。鶴見区をよりよい街にするために様々なアイデアもどんどん募集しています。ご意見やご相談は y-furu3941@triton.ocn.ne.jp まで。ツイッターは@furuyayasuhikoです。

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共通しているのは、みんな子どもを亡くした親だということ。

11月2日 水曜日。
7月に亡くなった4男の希望(のぞみ)のために、
お世話になった県立こども医療センターの合同慰霊式に家族5人で行ってきました。
img_428540_11433581_2.jpg
昨年の10月から今年の9月までの一年間で、こども医療センターでお子さんを亡くした家族が参加しています。
一人ひとり名前を読み上げられていきますが、中には名前がまだついていない子どももたくさん亡くなっています。一年間で亡くなったのは、112名だそうです。
私たちの希望(のぞみ)ように、生まれてすぐになくなったお子さん、
死産で産まれてくるお子さん、
長い長い闘病生活の末に亡くなったお子さん、
いろんなパターンがあるとは思いますが、
共通しているのは、みんな子どもを亡くした親だということ。
やっぱり順番が違う、というのはやりきれない思いです。

先日、視察でうかがった鹿児島市立病院は、400グラム、500グラムの子どもをとりあげながら、しっかり育てる体制を整えつつあります。NICUも80床もあります。
この横浜市でも、しっかりとした周産期医療体制を整えるべく、頑張りたいと思います。
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プロフィール

古谷やすひこ
横浜市会議員(鶴見区選出)の古谷やすひこ。
1971年生まれ,”不惑”の40歳。
何事にもしっかりスジを通す日本共産党の所属です。
連絡先 
090-6528-9414(個人携帯)y-furu3941@triton.ocn.ne.jp(個人PC メルアド)045-504-5121(事務所電話)

中央大学法学部法律学科(夜間部)卒業。
財団法人横浜勤労者福祉協会 汐田診療所事務次長、汐田総合病院事務次長などに従事、現在は同協会顧問。
鶴見区矢向1丁目に住んでいます。
家族は、妻と子供が3人(7歳9歳12歳と男の子3人です)。
趣味は、なんといっても、オートキャンプ!年に、5~6回は行きたいですが...なかなか行けなくなりました!
得意料理は、山芋たっぷりのお好み焼き。
好きな作家は、たくさんたくさんいますが、東野圭吾や帚木蓬生、梁石日、久坂部羊などなど、ジャンルは問わずとにかく本屋さんをウロウロするのが趣味!
何かご相談事あれば、お気軽に連絡ください。
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DATE 2011/09/30(金) 09:49 プロフィール トラックバック(-) コメント(-)

我が家の4男 希望(のぞみ)の49日を無事終えました!!

9月3日 土曜日。
今日は、7月20日に亡くなった我が家の4男・希望(のぞみ)くんの四十九日の法要の日。
大阪と新潟からそれぞれ、両親に来ていただき、矢向の良忠寺さんにお世話になり、無事法要を終えることができました。
今朝早くには、希望(のぞみ)に似合うようなかわいい仏壇が届きました。
IMG_0601.jpg
メールなどでも、たくさんのコメントを寄せていただいたので、以下、来ていただいた両親と、お香典をいただいた方々へつけた文章の一部です。本当にありがとうございました。


             希望(のぞみ)のこと

7月20日12時29分に3500gの可愛い男の子、希望(のぞみ)が誕生しましたが、5時間後家族に見守られながら天国に旅立ちました。早いもので49日経とうとしています。まだ心の整理がついていません。ずっと欲しくて授かった赤ちゃん。それが希望(のぞみ)です。3月末に病気が分かり、深い悲しみの中、常に希望の光を照らしてくれる希望(のぞみ)をより一層愛おしく思い1日1日を大切に過ごしてきました。お腹の中で元気に動いている希望(のぞみ)をお兄ちゃん達はお腹を触っては喜び、家族全員生まれてくることを楽しみにしていました。帝王切開で誕生し、医師の懸命な治療がありましたが呼吸がうまくできない状態でした。夫婦でこれ以上苦しい思いをさせないことを決め、天国に旅立つまでの間、お兄ちゃん達は順番に抱っこしては写真を撮り、家族で静かな時間を過ごしました。お兄ちゃん達にはとても悲しい思いをさせました。これからは希望(のぞみ)の分まで愛情をかけて大切に育てていきたいと思います。希望(のぞみ)から命の尊さ、家族の温かさ、大切さを改めて学びました。また、私たち夫婦を親として選んでくれたこと、お腹の中にいることが分かってからの優しく幸せな時間を与えてくれた希望(のぞみ)に感謝しています。希望(のぞみ)は短い生涯を閉じてしまいましたが、家族の心の中で生き続けています。これからは希望(のぞみ)が安心できるよう、あせらず少しずつ、ゆっくりと前に進んでいこうと思います。

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出生、そして死亡 〜我が家の4男「希望(のぞみ)」

7月20日 水曜日 午後0時29分 我が家に4男が誕生しました。
元気な産声を上げました。
その後、5時間あまりの時間を家族で過ごし、
妻の腕の中で、同日午後5時35分 亡くなりました。

もともと、大変厳しい状態で産まれてくる可能性があることは、近隣の病院から県立こども医療センターに紹介されたことで認識していました。
しかし、生まれた時の状態が当初の予想以上に、障害の程度が重く、積極治療の選択をしないことを夫婦で決断しました。「4男」と書きましたが、この時点では、男の子か女の子か判別できない状態でした。

木曜日、新生児担当の先生から、4男の解剖の話がありました。苦しい思いをして亡くなったのに、これ以上小さな体にメスを入れたくないとの思いもありましたが、夫婦で決断して解剖をお願いしました。
今回の4男の障害が遺伝性のものであるのかないのかをはっきりさせ、お兄ちゃんたちが将来的に障害が出る可能性がないことを確認するためでした。この結果、「遺伝性でないこと」「男の子の可能性が限りなく高いこと」「死因」が分かりました。

もう産声を上げることのない4男に、私たちは「希望(のぞみ)」くんと名付けました。担当の看護師さんからは「ノンちゃん」と呼ばれていました。

金曜日には、地元の葬儀屋さんにお願いして焼場の予約、鶴見区役所には、「出生届」と「死亡届」を提出してきました。出生届けを出すと、私の国民健康保険に加入する手続き、市の乳児医療費助成の手続き、こども手当の手続き、と希望(のぞみ)がこの世に生きた証しの諸手続きがありました。

土曜日には、希望(のぞみ)を初めて家に連れて帰りました。「ここがお風呂だよ」「ここがお兄ちゃんたちの机だよ」「ここが寝室だよ」と案内しました。その夜は、夫婦と希望(のぞみ)一緒に寝ました。この時点では、希望(のぞみ)のおじいちゃんおばあちゃんたちは、それぞれ新潟・大阪から駆けつけていました。

日曜日には、朝8時から、希望(のぞみ)を納棺し、お兄ちゃんたちが折った折り紙や人形、お腹が減らないようにと母乳を入れて、家を出ました。体が小さいためか、あっという間に、希望(のぞみ)はお骨になり、天国へと旅立ちました。

まだまだ、全く心の整理はつきません。この手に抱いたときには、産声を上げ、しゃっくりをして、一生懸命生きていました。その希望(のぞみ)が、お兄ちゃんたちに順番に順番に抱かれながら、逝ってしまったこと。事実ではありますが、まだまだ受け止めきれません。子供たちには大変悲しい思いをさせました。

当面、様々な諸手続きが残っており、その後始末をしながら、妻をしっかりと支えながら、しばらく悲しみと付き合っていきたいと思います。
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